制度は整った。でも、対話が薄い

人的資本経営の開示が本格化し、多くの企業が「人を大切にする会社」であることを、数字や方針で語るようになりました。1on1ミーティングの導入、対話の場の設計、エンゲージメントサーベイ。仕組みとしての「対話」は、ここ数年で一気に整いました。

ところが、現場でよく聞くのはこんな声です。1on1はやっているが、何を話せばいいか分からない」「結局、進捗確認で終わってしまう。箱はできた。けれど、その中で交わされる対話の中身が、薄い。組織の文化を本当に変えるのは、対話の場が何回設定されているかではなく、そこで交わされる一つひとつの対話の質です。そして、その質を最後に左右するのは、たいてい「どんな問いを投げているか」なのです。

1on1が形骸化する、本当の理由

「最近どう?」「何か困ってることない?」。一見やさしいこの問いかけが、実は対話を浅くしている張本人であることは、あまり意識されていません。

これらはどれも、相手が「特にないです」と答えれば終われてしまう問いです。聞いた側は「ちゃんと気にかけた」という満足が残り、聞かれた側は本音を出さずに済む。お互いに気まずくならない、安全な問い。だからこそ、毎回ここで止まってしまう。進捗確認と雑談の往復で時間が過ぎ、悪くはないけれど、何も変わらない1on1が出来上がります。

本音は、相手が「安全に答えられる問い」の外側にあります。そこへ一歩踏み込まない限り、対話は表面をなでるだけで終わるのです。

鍵を握るのは、「問いの深さ」

問いには、深さの層があります。

いちばん表層にあるのは、事実を確認する問いです。「あの案件、進捗は?」。次の層が、意見や解釈を尋ねる問い。「あのやり方、どう思った?」。そしていちばん深い層に、その人の感情や本音、価値観に触れる問いがあります。「あれをやってみて、実際どう感じた?」「本当のところ、どうしたい?」。

エンゲージメントが動くのは、たいていこの深い層に触れたときです。この人は、自分の表面的な進捗ではなく、自分自身に関心を持ってくれているそう感じられた瞬間に、人は少しだけ心を開きます。問いを一段深める。ただそれだけのことが、形だけの1on1を、意味のある対話に変えます。

深い問いは、技術であり、配慮である

とはいえ、いきなり「本当はどうしたい?」と切り込めばいい、という単純な話ではありません。深い問いは、強引に使えば詰問になります。

深い問いが機能するのは、相手が「ここでは何を言っても大丈夫だ」と感じているときだけです。だから問いの技術は、いつも聴く姿勢とセットです。答えを誘導しない。沈黙を、気まずさから埋めようとせずに待つ。返ってきた本音を、評価や説教で打ち返さない。そして、相手の表情や声のトーンから「いま踏み込んでいいか」を読む。

これらはすべて、相手の感情に気づき、扱う力――EQの働きです。問いのリストを覚えることはできても、それをいつ、どんな間合いで差し出すかは、目の前の相手を観ていなければ決められません。問いの技術は、EQという土台の上に乗って、はじめて生きるのです。

対話の質が、文化をつくる

組織のカルチャーは、立派な行動指針を掲げた瞬間に変わるものではありません。それは、日々交わされる対話の積み重ねの中に、少しずつ宿っていきます。本音を出しても大丈夫だった、という小さな成功体験が職場に積もっていくと、やがてそれが「この会社の空気」になります。

次の1on1で、いつもの「最近どう?」を、もう一段だけ深い問いに変えてみる。その一問が、エンゲージメントを動かし、ひいては組織の文化を耕していくのだと思います。

EQコラム

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