「集める」段階から、「活かす」段階へ
人的資本経営の開示が本格化し、企業の多様性が「見える化」されました。2023年3月期以降、有価証券報告書を出す大手企業(約4,000社)には、女性管理職比率・男性育休取得率・男女間賃金格差といった多様性の指標を開示することが求められています。数値目標が掲げられ、多様な人材を「集める」取り組みは、確実に前へ進みました。
ところが、ここで多くの企業が次の壁に突き当たります。多様な人材を集めたはずなのに、期待したような新しい発想も、成果も、思うようには生まれてこない。「ダイバーシティは進んだが、それが力になっている実感がない」。これは、いま現場で静かに広がっている戸惑いです。
数字が語る、「条件付き」の効果
ここで一つ、示唆的なデータがあります。BCG(ボストン コンサルティング グループ)が8か国・1,700社以上を対象に行った調査によると、経営層の多様性が平均より高い企業は、イノベーションによる売上が全体の45%を占めていました。多様性が平均より低い企業では、その数字は26%。約19ポイントもの差です。

多様性は、たしかにイノベーションと結びついている。ただし、この調査が同時に示しているのは、その効果には「条件」があるということです。BCGは、多様性が成果に転じるのは、上司が部下の意見に本当に耳を傾け、それを実際に活かすような「参加型のリーダーシップ」が機能している職場だ、と指摘しています。
つまり、多様性とは“素材”にすぎません。素材を集めただけでは料理は出てきません。それを活かす関わりがあって、はじめて成果に変わる。その「活かす関わり」こそが、インクルージョンです。
インクルージョンとは、評価と関わり方を変えること
ダイバーシティが「誰がそこにいるか」だとすれば、インクルージョンは「その人の持ち味が、ちゃんと活かされているか」です。そして、それを左右するのは、組織の評価と、リーダーの日々の関わり方です。
たとえば、評価軸が「これまでのやり方にどれだけ合っているか」のままだと、せっかくの異質な視点は「扱いにくい人」として埋もれてしまいます。会議で多数派とは違う意見が出たとき、それを「面倒なノイズ」として流すのか、「貴重な資源」としてすくい上げるのか。インクルージョンが根づくかどうかは、こうした一つひとつの小さな分岐の積み重ねで決まります。
異質さは、放っておくと脅威に感じられます。それを資源として扱い直すには、自分とは違う背景を持つ相手の感情や事情に関心を向け、言いにくい意見も安心して出せる空気をつくる必要があります。これは制度では代替できません。リーダー一人ひとりの、日々の関わりの問題です。
活かす力は、EQの仕事
自分と異なる相手を理解しようとする。多数派の空気に流されず、少数の声を拾う。違いから生まれる摩擦を、対立ではなく対話に変える。こうしたインクルージョンの実践は、相手と自分の感情を扱う力――EQの働きそのものです。
ダイバーシティは数えられます。だからこそ開示の対象になり、目標として掲げられます。一方で、インクルージョンは数えにくい。けれども、集めた多様性が成果に変わるかどうかを最後に分けているのは、この数えにくい部分なのです。
多様な人材という素材は、すでに集まりつつあります。それをイノベーションへと調理できるかは、評価のしくみと、リーダーのEQにかかっています。多様性を「掲げる」段階は終わりました。これからは、それを「活かす」段階です。
EQコラム
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