リスキリングの号令だけが、宙を舞っている
数年前から、どの会社でも「リスキリング」「学び直し」が合言葉になりました。eラーニングを契約し、研修メニューを揃え、「これからは自ら学ぶ時代だ」と号令をかける。会社としてやれることはやった、という手応えを持っている経営者や人事の方は少なくないと思います。
ところが、現場の温度はなかなか上がりません。受講率は思うように伸びない。受けても、修了ボタンを押して終わり。「やれと言われたからやった」という空気が、せっかくの学びの場に薄く漂っている。これは、担当者の努力が足りないからではありません。「学べ」という号令と、「学びたい」という気持ちのあいだには、思っているより深い谷があるのです。
メニューを増やすほど、受け身になるという逆説
ここで一度、立ち止まって考えてみたいことがあります。会社が手厚く研修を用意すればするほど、社員はかえって受け身になっていく、という逆説です。
用意された棚から「これを受けなさい」と渡される学びは、どこまでいっても「やらされるもの」です。便利ではある。けれども、便利さは主体性を育てません。むしろ「言われたものをこなせばいい」という姿勢を、静かに強化してしまうことすらあります。
そもそもリスキリングが目指していたのは、特定のスキルを一つ覚えさせることではなかったはずです。環境が変わっても、自分で必要に気づき、学び続けられる人――いわゆる自律型の人材を増やすこと。そこがゴールだとすれば、メニューの数や受講率を競うのは、目的地を少し取り違えているのかもしれません。
自律のスイッチは、本人の内側にしかない
人が自ら学び出すのは、たいてい学びが「自分ごと」になった瞬間です。この先どうなりたいか、いまの自分に何が足りないか、その学びが自分のキャリアのどこにつながるのか。これらが本人の中で像を結んだとき、はじめて学びは「やらされるもの」から「自分のためのもの」へと変わります。
やっかいなのは、この「自分ごと化」は、どれだけ立派な制度を整えても、それだけでは起こせないということです。スイッチが入るきっかけは、たいてい、もっと人間くさいところにあります。

主体性に火をつける「仕掛け」は、対話の中にある
では、何が本人のスイッチを入れるのか。鍵を握っているのは、やはり、いちばん近くにいる上司や先輩の関わりです。
「会社が用意したから受けて」ではなく、「あなたはこの先どうなりたい?」「最近、面白いと感じた仕事はどれだった?」と、本人の関心や手応えのほうから入っていく。その人がまだうまく言葉にできていない興味や、強み、将来像を、対話を通してすくい上げ、「だったら、この学びはあなたのここに効くね」と、本人のキャリアと学びを結びつけてあげる。そして、学んだことを小さく試せる場をつくり、できるようになった変化を、具体的に言葉にして返す。失敗しても責められない、安心して試せる空気を保つ。
こうした関わりは、相手の関心や感情の機微に気づく力――広い意味でのEQ――があってこそ、自然に回り始めます。スキルマップやキャリア面談の「型」はもちろん大切ですが、その型に体温を通すのは、結局、相手をよく観ている一人ひとりの関わりです。実際、部下がぐんぐん学び出すチームの上司ほど、何かを教える前に、まず相手の「学びたい火種」がどこにあるかを探している。私たちが現場で管理職の方と話していても、そう感じる場面がよくあります。

リスキリングの、その先にあるもの
リスキリングの成果を、研修の受講率や修了率で測りたくなる気持ちは、よく分かります。けれども、本当に育てたいのは、研修を一つ修了した人ではなく、会社が何も言わなくても、自分の必要に気づいて学びにいける人のはずです。
そのためにできるのは、もっと豪華なメニューを並べることよりも、一人ひとりが「自分は何のために学ぶのか」を見つけるのを、隣で手伝うこと。号令ではなく、対話。仕組みの上に、人の関わりをひとさじ加えること。自律型人材の育成は、案外そんな地味な一歩から始まるのだと思います。
EQコラム
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