最前線に立っているのは、産業医ではなく上司
職場の誰かが、少しずつ元気をなくしていく。口数が減る。ミスが増える。朝、表情が重い。こうした小さな変化に最初に気づける場所にいるのは、立派なメンタルヘルス制度でも、産業医でもありません。毎日その人と接している、直属の上司です。
アメリカの全国組織NAMIが2026年初めに行った最新の調査(2026年1〜2月、従業員2,153人対象)は、この「最前線」の現実を映し出しています。働く人のストレスは高止まりし、職場のメンタルヘルス支援への期待は高まっている。けれど、その期待のかなりの部分が、現場の上司一人ひとりの肩にのしかかっているのです。
ところが、上司は「話し方」を習っていない
ここで見過ごせない数字があります。同じ調査では、メンタルヘルスについて部下とどう話せばよいかの訓練を受けたことがある管理職は、3割に満たないと報告されています。
つまり、多くの上司は、部下の不調に気づいても、そこから先をまったくの手探りで進んでいます。「無神経なことを言って傷つけたらどうしよう」「踏み込みすぎて嫌がられないか」。その迷いの末に、気づかなかったことにする。あるいは逆に、よかれと思った言葉が空回りする。これは上司の冷たさではありません。ただ、誰も教えてくれなかった、というだけのことです。
必要なのは、専門知識ではなく「聴く構え」
ここで大切なのは、上司にカウンセラーになれと求めているわけではない、ということです。診断も、解決も、上司の仕事ではありません。
求められているのは、もっと地味な構えです。
決めつけずに、まず聴く。
原因を問い詰めたり、すぐに解決策を出したりせず、「最近、しんどそうに見えるけど、どう?」と一言、ドアを開けておく。
相手が話しても大丈夫だと思える空気をつくる。
これは特別な才能ではなく、相手の感情に気づき、安全な場をつくる力、つまりEQの働きです。
実際、同じ調査では、メンタルヘルスに関する訓練を受けた上司の75%が「部下とメンタルヘルスの話がしやすくなった」と答えています。
話し方は、性格ではなく行動です。行動である以上、学んで身につけられる。気づいて、聴きにいく。その一歩は、訓練と少しの後押しで、誰でも踏み出せるようになります。
ケアする上司を、誰がケアするのか
そして、忘れてはならないのが、支える側の上司もまた消耗するということです。
調査によれば、会社から十分な支援を受けている上司は、そうでない上司に比べて、燃え尽きを感じる割合が大きく低くなっています(45%対73%)。「メンタルの不調を理由に退職を考えた」割合も、はっきり違います(18%対41%)。部下を支えるよう求められながら、自分はどこからも支えられていない上司は、静かにすり減り、やがて現場を去っていきます。

だからこれは、上司の頑張りに任せて終わる話ではありません。上司に「話を聴け」と求めるなら、上司自身が話を聴いてもらえる場や、頼れる窓口を、組織が用意しておく必要があります。EQを発揮してほしいなら、EQを発揮できる状態を、まず整えることが重要なのです。
最後のセーフティネットは、一対一の関係の中にある
心の不調は、たいてい制度の網の目からこぼれ落ちます。そして、その最初の兆しは、多くの場合、上司と部下の何気ない一対一のやり取りの中に表れます。
立派な制度を整えることも大切です。けれど、それと同じくらい大切なのは、現場の上司が、目の前のわずかな変化に気づき、まずはさりげない一言を差し出せること。その小さな関わり―EQ―こそが、人が静かに追い詰められていくのを最初に食い止める、最後のセーフティネットなのだと思います。
(注:本コラムは職場でのメンタルヘルス支援とマネジメントを扱うものです。もしご自身やまわりの方が深くつらい状態にある場合は、ためらわず専門の相談窓口や医療機関に頼ってください)
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