「優しい職場」から人が辞めていく

これまでハラスメントといえば、決まって「厳しさ」の文脈で語られてきました。怒鳴る上司、無理なノルマ、休めない空気。ところが最近、その真逆の「真っ白で優しい場所」で、新しい問題が頭をもたげています。「ホワイトハラスメント」、略して「ホワハラ」です。

上司や先輩が部下を思いやるあまり、過剰に業務をセーブしたり配慮しすぎたりして、結果的に本人の成長機会を奪ってしまう。今、これが職場の大きな課題になっています。

「責任のある仕事を一切任せてもらえない」

「残業は絶対にダメだから、とにかく早く帰ってと毎日急かされる」

マイナビが中途入社1年以内の社員を対象に行った調査には、現場のリアルな困惑の声が並んでいます。ここで見過ごせないのが数字です。ホワハラを経験した人の71.4%が「1年以内に転職したい」と答えている。未経験者と比べて23.3ポイントも高いのです。今度は、一見「優しさ」に見える対応が、若手や中堅の流出を招いている。これが今の職場の皮肉な現実です。

悪意がないからこそ、根が深い

パワハラには多かれ少なかれ「強く当たっている」という自覚が伴うものですが、ホワハラの厄介なところは、出発点が100%の「純粋な気遣い」である点です。

「育児と両立して大変だろうから、出張のないタスクにしよう」

「まだ若いし、失敗して凹ませたら気の毒だから、ここは自分が巻き取っておこう」

どれも切り取れば素晴らしい思いやりに見えますし、上司側も「良いサポートができた」と満足しがちです。だからこそ誰も止めないし、本人もブレーキを踏むきっかけがありません。

ですが、問題の核心は「相手の意向を置き去りにしたまま、良かれと思って選択肢を狭めている」という点にあります。本人は「もっと打席に立ちたい」「多少大変でも挑戦したい」と歯を食いしばっているのに、周囲が先回りして「無理させちゃダメだ」とケージをはめてしまう。この善意と本音のズレこそが、ホワハラを生み出す正体です。

足りないのは優しさではなく、自分の感情と向き合う力

ここで、少し踏み込んで考えてみましょう。その「先回りの配慮」は、本当に100%相手のためだけのものでしょうか。

部下に仕事を任せるのは、思った以上にエネルギーがいります。失敗したときのフォローは自分がしなきゃいけない。「このプロジェクト、やってみる?」と声をかけるだけでも、断られたときの気まずさや、期待を持たせる責任が発生します。残業について本人のキャリア観をじっくり聴くより、一律に「時間だから帰って!」と言い切る方が、マネジメントとしては圧倒的にラクなのです。

つまり、先回りの配慮の裏には、「相手とぶつかったり、面倒な対話をしたりするのを避けたい」という、こちら側の都合が隠れていることが少なくありません。優しさの仮面をかぶった「対人関係の回避」と言ってもいいかもしれません。

そう捉えると、ホワハラをしてしまう上司に足りないのは、決して優しさの量ではないことが分かります。足りないのは、EQ(感情知性)と呼ばれる領域の力です。

EQはまず、「自分自身の感情に気づくこと」から始まります。「任せるのが不安だな」「本音を突っ込んで聞いて嫌がられたら嫌だな」。そうした自分側の弱さや感情を自覚できていれば、それを「相手のため」という大義名分にすり替えることはなくなります。ホワハラの多くは、上司自身の不安が「配慮」という綺麗な洋服を着て現れたものなのです。

そしてEQのもう一つの柱が、「相手の感情を勝手に推測して終わりにしないこと」です。「大変そうに見える」は、あくまでこちらの勝手な見立てにすぎません。推測だけで動けば、どんなに善意であっても、相手の可能性を潰すことになります。

本当の共感とは、相手の気持ちをエスパーのように言い当てることではありません。愚直に「確認しに行くこと」です。「大変だろう」と感じたとき、そこで思考停止せず、「今の業務量、実際のところどう感じてる?」「この案件、ちょっと背伸びになるけど挑戦してみたい?」と、一言すくい上げに行く。たったそれだけの行動で、配慮は押しつけではなく、血の通った「対話」に変わります。

EQ検査(JapanEQ)の結果を前に管理職の方と話していると、面白いことに気づきます。相手にこれが聞けるかどうかは、性格の優しさとはほとんど関係がないのです。むしろ、優しい人ほど先回りの罠にハマってしまう。違いを分けるのは、「聞く」という具体的な行動を取っているかどうか、その一点です。行動だからこそ、明日からでも変えられます。

厳しいか優しいかではない。「目の前の相手」と向き合っているか

ホワハラの議論になると、決まって「じゃあ昔みたいに厳しく突き放せばいいのか」という極端な話になりがちです。しかし、私たちが目指すべき軸はそこにはありません。

厳しさか優しさか、という軸で考えるのをやめてみましょう。相手と向き合えているか、それとも向き合うことから逃げているか。問われているのはそこです。

任せて、信じて見守り、つまずいたときに全力で支える。これは厳しさも優しさも両方必要で、一番手間もコストもかかる関わり方です。でも、その面倒くささを引き受ける覚悟こそが、機会を奪う上司になるか、機会を創り出す上司になるかの境界線なのだと思います。

あなたが今日、職場で差し伸べたその配慮は、本人に確認した上でのものでしょうか。それとも、こちらが安心したくて、勝手にそう決めたものでしょうか。

EQコラム

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